2023年4月の講座

「ペルー北高地の形成期の神殿と社会」

日 時

 2022年4月15日(土) 13:30~15:00 

講 師

 関 雄二(国立民族学博物館名誉教授)

テーマ

「ペルー北高地の形成期の神殿と社会」

場 所

 Zoom オンライン形式 ※レコーディング(録音)・引用等は不可

【要旨】

 東京大学アンデス調査団第一期(1958年~1969年 団長泉靖一先生)は、コトシュ遺跡でチャビン以前、土器制作以前に遡る神殿の証拠を発見しました。従来の文明史観は農耕定住→余剰生産物の発生→集団の拡大→権力の発生→神殿建設、でしたが、まず神殿建設・更新→労働力の統率・食糧増産→社会階層であると、神殿更新説を唱えました。

 

 しかし、神殿更新は形成期で終焉を迎えます。そこで自発的・ボランタリーな社会から、国家や権力が生まれる過程へ関心が移行しました。クントゥル・ワシ遺跡(1988年~2002年)の発掘では金製品を伴った墓や頭蓋変形からクントゥル・ワシの社会内部の差異に注目し、副葬品から、長距離の地域間交流の重要性と社会的差異の関係を考察しました。

 

 パコパンパ遺跡の発掘では、発掘調査、出土遺物分析を社会的記憶の構築の視点から比較し、権力生成、複合社会の成立過程を明らかにし、新しいアンデス文明史の構築を目指しました。パコパンパⅠ期(形成期中期 前1200年~前700年)では、大型建造物(円形構造物、中央基壇、北基壇、半地下式広場)から、権力者は存在するが権力は脆弱。パコパンパⅡ期(形成期後期 前700年~前400年)、金製品を伴う特殊な墓「貴婦人の墓」「ヘビ・ジャガー神官の墓」の登場によりリーダーの顕在化が考えられます。

 

 前800年~前700年頃にペルー北高地でリーダーが出現した事は確実でしょう。理化学的分析(地質学:石材産地同定、金属器制作、保存科学:金属の組成分析、生物考古学:食用植物の同定、魚類・貝類の同定)を利用して権力生成を解明しようと考えてきました。たとえばクントゥル・ワシでは蛍光X線による金製品の組成分析から、リーダーの中に序列が存在したと考えられます。同位体の分析からは人の食性、動物の食性、社会的差異とトウモロコシ摂取の関係などが浮かび上がり、儀礼用品、原材料の流通の統御は権力生成と関連します。パコパンパではさらに銅製品の生産と流通も重要でした。しかし権力の様相は様々で、遺跡毎に丁寧な分析を行い、それらの地域間比較を行う必要性があります。

 

 今回、パコパンパ考古遺跡複合のラ・カピーヤ遺跡では、パコパンパⅠ期の遺構から「巻き貝の神官墓」が発見されました。これまで形成期後期に社会的差異の物質化、可視化が明らかになると考えられてきましたが、これにより社会的差異の顕在化が形成期中期に遡る可能性が出てきました。

 

 今後の課題として人骨の自然人類学的分析による形成期後期の墓の被葬者との比較、副葬品の空間分布分析、副葬品の材質同定・産地同定、ストロンブス貝の図像分析、墓周辺の調査などを行っていきたいです。

(まとめ:大武佐奈恵)