2019年12月の講座

「パコパンパ遺跡調査概報 2019」

日 時

 2019年12月21日(土) 14:00~17:00 ★終了しました

講 師

 関 雄二(国立民族学博物館副館長)

テーマ

「パコパンパ遺跡調査概報 2019」

場 所

 東京外国語大学本郷サテライト 5階 【アクセス】

【要旨】

 パコパンパでの発掘はパコパンパと建築軸が同じラ・カピーヤ遺跡で行いました。今回の発掘で部屋の中に炉が発見され、炭化物の分析から形成期の末期であることがわかりました。ただ土器の形状はカハマルカ早期に類似しており、これをどう考えるかがこれからの課題です。

 

 現代、南米においては5種の植物が、シャーマンにより幻覚剤として用いられています。アヤワスカ、別名“魂の蔦”(幻覚作用)、サボテンのサン・ペドロ(強い幻覚作用)、チョウセンアサガオ(せん妄、異常高熱、頻脈、時には暴力的な異常行動、散瞳エキセントリックアイ)、タバコ、コカです。これら幻覚剤の分布はアンデス山脈の周りに集中しており、文明形成と幻覚剤とは密接な関わりが認めらます。

 

 アンデス文明における幻覚剤の使用については、形成期中期チャビン・デ・ワンタル遺跡(前1200年~前1000年)にランソンやほぞ付頭像などにエキセントリックアイがみられ、サン・ペドロを持つ蛇ジャガー人間の図像も現れます。ほぞ付頭像は人間からジャガーに変身していく過程を表し、サボテンとジャガーの組み合わせの図像は、パコパンパ遺跡ではII期(前800年~前500年)にあたる女性シャーマンの墓から出土した土器、さらにはクントゥル・ワシ遺跡のコパ期(前500年~前250年)の壺で登場し、北海岸でも前1000年頃から前500年前250年位にサボテンの図像が大量に現れます。これらは普通のサボテンではなくサン・ペドロを表していると考えられます。

 

 コカは南高地のアヤクーチョ地域の洞窟調査(前4400年~前3100年)で報告があり、形成期になると、海岸地方のカラル遺跡(前3000年)で出土し、中央海岸のクレブラス遺跡(前2000年)では、ヒョウタン製容器、石灰の詰まったチョロ貝が、北海岸内陸のラ・ボンバ遺跡(前1500年~前1000年)ではチョロ貝、石灰、骨製ヘラが、中央海岸内陸ワンカーヨ・アルト(前800年~前200年)では倉庫にトウモロコシ、貝、コカが出土しています。形成期以降では、人物象形土器、モチェ文化の図像、コカ袋などからも広く利用が推定されます。南高地のティワナク期(6~12世紀)になるとコカの束、石灰の容器が出土し、チムー(13~15世紀)でも頬の膨らんだ(コカを噛む)人物象形土器、インカ期ではグァマン・ポマの絵にコカの使用がみられます。科学的証拠としては、アンパト山のフアニータ(髪の毛)からも検出され、供犠との関連性が指摘できます。また頭蓋穿孔手術に痛み止めとして使用された可能性を指摘する研究者も多いです。

 

 その他の幻覚剤関連遺物としては、形成期パコパンパで骨製パイプ、骨製スプーン、骨製管が出土しており、ティワナク遺跡では右手にスナフィング・タブレット(粉状にして吸引する道具)、左手にチチャ酒の杯を持つ石像が製作されました。同時期のチリ、アタカマ砂漠ではパイプとティワナクの太陽の門と共通する図像のタブレットが出土しています。タブレットで吸飲されていた幻覚剤についてはまだ不明です。

 

 一般に、幻覚剤は、超自然的世界に入り交流を図るために利用され、自分の霊的な力を呼び起こしたり、病気を治療(タバコの煙で病気を逃がす等)したり、酒のように社会的危機、集団間の闘争を納める媒介物としての役割もありました。その使用は個人レベルではなく、それを扱うことが社会的地位を上げ、上下関係を固定化し、その使用の制限や統御から権力が生まれたりしました。幻覚剤は、アンデス文明にとって重要なものでした。現在の幻覚剤の使用を直接過去に当てはめることは危ない面もありますが、参考にしながら、古代の遺物の使用法、更には過去の神殿での儀礼の復元をはかっていきたいです。

(まとめ:大武佐奈恵)