2020年7月の講座

「新発見資料をもとにした鳥居龍蔵の足跡~東大調査団以前のアンデス調査」

日 時

 2020年7月18日(土) 13:00~14:30 ★終了しました

講 師

 関 雄二(国立民族学博物館教授)

テーマ

「新発見資料をもとにした鳥居龍蔵の足跡

 ~東大調査団以前のアンデス調査」

場 所

 オンライン開催(Zoom使用)

【要旨】

 平成29年、徳島県立鳥居龍蔵記念博物館(徳島市)の「遙かなるマチュ・ピチュ」-鳥居龍蔵、南アメリカを行く、という企画展の展示と講演を行った縁で、博物館が鳥居龍蔵の本を出版するにあたり、南米編の依頼があり、フィールドノートと写真資料の突き合わせや新資料により、その足跡が判明しました。

 

 鳥居は昭和12年(1937年)3月12日、外務省から依嘱された文化使節として南米に渡りました。日本国内の不況、人口増、食糧不足に起因する南米移民を推奨する国策があり、現地の移民社会の日本や日系人の存在意義を学術的にアピールしたい、という切実な要望もありました。

 

 鳥居はブラジルで様々な場所で講演会を行い、現地社会の協力で洞窟探査、貝塚の発掘をし、8月30日イキトスからペルーに入り、9月1日リマ到着。9月4日、国立サン・マルコス大学にて、インカ研究の大家、オラシオ・ウルテアーガ学部長訪問、レベッカ・カリオン・カチョ考古学博物館主任訪問。3日後ペルー考古学の父フーリオ・C・テーヨをカスマ谷に訪問、テーヨ(初代国立博物館館長)は先住民擁護主義(インディヘニスモ、先住民の国民化運動)の下、アンデス文明独立起源説を唱え、マックス・ウーレ(独、前国立博物館研究者)の唱える中米起源説と対立していました。それ対して鳥居は、モンゴロイドが拡散、定着後新しい文化を作った為にアジアとアンデスが似たと考えました。この後リマに戻った鳥居は、国立サン・マルコス大学主催鳥居龍蔵歓迎午餐会にて、アメリカ大陸にアジアの影響を認めるフランシスコ・ロアイサを知り、彼の著作に感服し自説の解釈の補強としています。

 

 その後、鳥居はボリビアを訪問し、テイワナク遺跡で、ポナンスキー(オーストラリア出身海軍エンジニア、実業家、考古学者)と会い、シエスタニ遺跡、プノ経由でクスコへ、クスコ考古学研究所、ルイス・プラド所長に会い、コリカンチャ、十二面石、サクサイワマン、ケンコー遺跡、オリャンタイタンボ、マチュ・ピチュを巡ります。10月9日、リマに戻った後、リマ近郊チヨン谷、日系人の農場の中で発掘をしています(チャンカイ様式の土器、鳥居龍蔵記念博物館蔵)。

 

 親日家であったトルヒーヨ市日本名誉領事カルロス・ラルコ・エレーラは、鳥居をもてなし様々な便宜を図りました。鳥居はトルヒーヨも訪れ、ワカ・ラス・エスメラルダス遺跡、チャン・チャン、ワカ・デ・ラ・ルナを訪問しています。ラルコ家はトルヒーヨの北方のチカマに大農場をもち、カルロスの甥に当るラファエル・ラルコ・オイレ(後に考古学者、チクリンの博物館)とも帰国の船がチカマ沖での停泊中に再訪し出土遺物の特徴、製法、技術など、親しく歓談しています。

 

 また、キリスト教信者である鳥居は、リマでもクスコでも教会を多数訪問し、教会の特徴、聖像、絵画を撮影し細かく記録しています。その後リマで講演会を開き、日本人学校を訪問しました。

 

 鳥居は、人類学,アジア研究の巨星であり、日本各地を含むアジア、モンゴル、台湾、ベトナム、サハリンなどをフィールドにし、読書家で博学、南米への学問的思い入れもありました。鳥居の南米行は文化外交的な側面が強く、日本の南米研究に影響を与えたとはいえませんが、南米研究のパイオニアとして文明の紹介をおこなったといえます。鳥居のフィールドノートからは、比較視座として日本とアジアを基盤においていたのが解ります。また、最初は鳥居が伝播説に依拠しているように思いましたが、同じモンゴロイドの創り上げた文化なので基礎文化が似ているのではないか、とする文化相対主義的な一面も見えてきました。鳥居の南米行は文化交流の先駆けであり、研究を使って国際交流ができるということはすばらしい。また南米行には日系人社会の支援が大きく、日系人社会にとっても自分達や日本という国のアピールになっています。鳥居はキリスト教信者として、スペイン人と現地人(インカの子孫達)の関係を現代の私達のような視点で見ています。

 

 歴史研究は人類学の一部であり、それには現在の研究の立ち位置を示す重要な役割があります。鳥居龍蔵の動きから、現在非常に強くなっているペルー考古学のナショナリズム性がどこから生まれたのか、テーヨから生まれたのか、しかし何故だろう、何故継承されるのかと考えさせられます。現在自分が行っている研究も、今後いかなる歴史に関わってくるのだろうか、と考える必要があるのです。

(まとめ:大武佐奈恵)